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2011-10-29

「沖縄の舞踊と染織による、日本・カンボジア文化交流」のご案内

 11月19日と20日に、プノンペンのCJCC(カンボジア日本人材センター/Cambodia-Japan Cooperation Center)で、そして21日にはシエムリアップの日本国政府アンコール遺跡救済チーム事務所で開催される「沖縄の舞踊と染織による、日本・カンボジア文化交流」イベントが開催されます。琉球舞踊とアプサラダンスのパフォーマンス(シエムリアップではビデオ上映)に加え、双方の伝統織物が展示されます。

2011-10-27

12月6日、福山市での報告会・展示会のご案内


 12月6日(火)は、広島県福山市での福寿会館で報告会を行ないます。会場では、IKTTで織られた絹織物の展示等もあわせて行ないます。

【IKTT森本喜久男 活動報告会・絣作品展示会】
《甦る伝統の絣― ‘暮らし’と‘森’の再生によるカンボジア伝統織物の復興》
と き:12月6日(火) 14:00~16:00
ところ:福山市 福寿会館
   (福山市丸之内一丁目8番・Tel:084-922-2117)
   JR福山駅北口徒歩5分・無料駐車場有り
参加費:無料
参加ご予約・お問合せ:@たつみ屋 長谷川 淳
 メール:n.f.tatsumiya@gmail.com 〔@を半角に変えてご送信ください〕
 電話: 0866-62-1851 /080-3012-6636 (携帯)
※席数に限りがございますので、事前にご参加のお申込みをお願いします。


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2011-10-26

11月24日、大東文化大学東松山キャンパスでの講演会のご案内

 大東文化大学国際関係学部創設25周年記念事業の一環として、同大学東松山キャンパスで、森本さんの講演会が開催されます。
 この講演会は、一般からの参加も可能とのことです。

《大東文化大学 国際関係学部 創設25周年記念講演》
「森に守られた伝統の村 ~ 伝統は守るものではなく、創り出していくもの」
と き:11月24日(木)
    13時15分~14時45分(12時45分開場)
ところ:大東文化大学 東松山キャンパス
    図書館AVホール
    〒355-8501 東松山市岩殿560
参加費:無料(事前申し込み不要)
問合先:大東文化大学 国際関係学部 現代アジア研究所
    gendaiasia@gmail.com 〔@を半角に変えてご送信ください〕
    電話:0493-31-1523(受付時間9:00-17:00)

2011-10-25

11月23日-27日、カンボジアシルク展と報告会のご案内

カンボジアで、手織りシルクの村の自立支援を行なっているNPO ShienTokyo との共催で、11月23日から27日まで「伝統のカンボジアシルク展」が開催されます。会場は、国分寺にあるカフェスロー ギャラリーです(ギャラリーの終了時間が曜日によって異なりますのでご注意ください)。
 27日の午後14時からは、森本さんの報告会も行われます。

【カンボジアシルク展】
と き:11月23日(水)から27日(日)まで(展示と販売)
    23日(水)11時30分~19時
    24日(木)11時30分~18時
    25日(金)11時30分~15時30分
    26日(土)11時30分~15時30分
    27日(日)11時30分~16時
    ★報告会は、27日の14時より(要予約)。
ところ:カフェスロー
    国分寺市東元町2-20-10(JR国分寺駅から徒歩5分)
参加費:2000円(参加費はカンボジアの洪水被害の義援金となります)
※参加者20名のため、事前予約をお願いいたします。
申込先:contact@shientokyo.org 〔@を半角に変えてご送信ください〕
 電話:090-3086-7347(竹下まで)

2011-10-24

11月28日、郡上市での報告会・展示会のご案内

 11月28日(月)は、岐阜県郡上市の願蓮寺で報告会を行ないます。会場では、IKTTで織られた絹織物の展示・販売もあわせて行ないます。

【クメール伝統織物研究所(IKTT)報告会】
《森の再生=自然環境の再生・森に守られた村》
と き:11月28日(月)
    19時~21時(18時45分開場)
ところ:願蓮寺
   (岐阜県郡上市八幡町島谷829)
   長良川鉄道郡上八幡駅から徒歩約17分
参加費:300円(中学生以下は無料)
申込先:k.mizuno0802@gmail.com
    〔@を半角に変えてご送信ください〕
 電話:090-2939-7189(平野まで)


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2011-10-22

11月26日、飯田でのピアノリサイタル&展示・報告会のご案内

 長野県飯田市を拠点とするNPO法人「ふるさと南信州緑の基金」の方々からは、2002年からIKTTへのさまざまな支援活動を継続していただいております。
 なかでも「伝統の森」学園の小学校(飯田学校)建設に向けての募金活動の結果、昨年には校舎も完成しました。子どもたちは、新しい学び舎で勉強を続けています。
 こうした活動の一環として、このたび「カンボジアに学校を建てよう」支援プロジェクトと共催で、11月26日(土)、飯田文化会館で、奥村友美ピアノリサイタルが開催されます。このピアノリサイタルにあわせて、展示会と森本さんの報告会を開催させていただくことになりました。

【展示会ならびに報告会】
と き:11月26日(土)
    展示会:11時~17時30分
    報告会:13時~14時
ところ:飯田文化会館(1階展示室)
    長野県飯田市高羽町5-5-1(JR飯田駅から徒歩約10分)
    ※展示会と報告会のみの参加も可能です(入場無料)

【奥村友美ピアノリサイタル】
と き:11月26日(土)
    開場14時30分/開演15時
ところ:飯田文化会館(大ホール)
    長野県飯田市高羽町5-5-1(JR飯田駅から徒歩約10分)
入場料:一般=2500円/高校生以下=1000円

主 催:「カンボジアに学校を建てよう」支援プロジェクト
     NPO法人「ふるさと南信州緑の基金」
問合先:事務局(担当:原、飯田市上村自治振興センター内 0260-36-2211)

2011-10-07

「森に守られた村」の復興にむけて

 10月6日付で配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.258)で、森本さんは、今回の濁流に襲われた「伝統の森」で、10年かけて育った木々への感謝の気持ちを記しています。
 また同時に、この甚大な洪水被害からの復興に関して、みなさまからのご支援を呼びかけています。
 以下、メールマガジンから引用します。

森に守られた村
 9月10日の「蚕まつり」の頃からわずか2週間の間に、数度にわたって豪雨と洪水、そして濁流に飲み込まれた「伝統の森」。地元のカンボジアの人たちにしても、これは100年に一度あるかないかの出来事だという。
 濁流の激しさの痕跡が、いたるところに残されている。道路は、表土の多くが洗い流され、大きくえぐり取られた痕跡がところどころに。そして、森の木々の幹や根元には、水草が絡みつき、その量と高さで、濁流の様子が手に取るように分かる。高いところでは、1.5 メートルを超えている。森の所々には、木々に遮られるように水草やその他の枯れ枝が絡みつき、小さな壁のようなものができているところも。それは、そのまま濁流の激しさを物語っている。が、同時にその森の木々が濁流の激しい流れを押し留めてくれていたのだと気がついた。でなければ、小さな家など、濁流に流されていたかもしれない。
 村人たちと森の中を歩きながら、作業場から流されていた糸車などの道具類の一部も、木々の間で見つけ、回収することができた。すべて流されてしまったと思っていた染め材として使うライチーの木を切り出した大きな木片も、木々の根元に見つけだし、約半数は回収することができた。そして、沼に面したところに茂っていたマングローブの樹木が、テーブルや机、織り機など、すこし大きなものが流失するのを、ちょうど脇に抱えるようにして防いでくれていた、すごい。
 心配していた桑畑の桑の木も、大きな被害を受けないですんだ。濁流の中で、根こそぎ持っていかれるかもしれないと想像した。しかし、これも、桑畑を囲む森の木々が、桑畑を守ってくれていたのだと気がついた。桑の葉はほとんど流失していたが、そこからわずか数日後にもかかわらず、すでに新しい芽が吹いていた。
 10年前、ここは薪になる木まで伐採された荒地だった。だが、切り株から芽吹いた新芽を育て、下草を刈り、間引きをしてやることを続けた結果、いまでは5~6メートルの高さに育ち、小さな森といえるまでに育っている。その森の木々が、いわば防風林のように、激しい濁流から「伝統の森」の村を守ってくれたのだと、森の中を歩きながら実感した。
 隣接地に、荒地を更地にして豚舎を建て、豚を三千頭ほど飼っていた男性がいる。子豚から育て、もう出荷間近になっていたその豚の多くを濁流で流され失った。彼は泣きながら、呆然と立ちつくしていた。それを見て、自然の木々があること、その大切さをあらためて実感した。
 「伝統の森」には、夜間38家族の家屋に電気を供給するための、自家発電をする2キロワットのディーゼル発電機がある。それも今回、何度か何日間か、冠水していた。これまでにも同じような、これほど水位は高くないが、洪水に見舞われたことがあり、その都度、機械を壊し修理に時間を費やしてきた。今回、洪水が予想できたので、約50センチほどだが、ジャッキを使って据え付け位置を高くしておいた。が、水位はそれを超えてしまった。しかし、発電機が完全に乾くまで数日置き、分解掃除をし動かしてみた。するとなんと復活。2週間以上の夜間も電気のない生活からようやく開放された。発電機は「伝統の森」の設備の中では、高価なものに属するから、もし壊れればと頭を痛めていたから、ほっと一息だった。しかし、予備用の5キロワット発電機や、揚水ポンプの何台かは、分解掃除をするものの、いまだ復活しそうにもない。村の男たちは、機械や設備類の総点検と分解掃除に明け暮れている。
 多くの家は、わずかなりとも高床式の造り。おもな生活の場は二階、そのおかげで救われた。これも昔からの人々の知恵なのだろう。そんな何年かに一度しか来ない洪水や濁流に備えて暮らしているなんてと思うけれど、そのおかげで安心して暮らせる。古くからの高床式の家が、カンボジアでいまも建てられ続けている謎が解けた。
 5年ほど前、「伝統の森」に暮す家族が増えたので新しい家を建てようとしたとき、この場所がよいと何人かが主張したところがあった。「伝統の森」のなかでは中間地点というか、入り口からも工芸村エリアという皆が集まるところからも中途半端なところ。なぜ、そこに家を建てたいのか、彼らの意図がわからなかった。そこに今では4軒の家が建っている。今回、洪水にさらされたとき、そこは周りに水があるときも、一段高く水からの安全圏にあった。昔から村を作るとき、人々は生活用水が確保でき、そして洪水から家を守れる小高い丘に家を建て村を作ってきた。そんな古くからの知恵が、今なお彼らの中に生きていることを知った。今後、「伝統の森」のプロジェクトを進めるには、そんな自然の地形を見直しながら、進めなければならないことを学んだ。
 「伝統の森」は、海抜39-42メートルくらいのところにある。今回、浸水したエリアは39-40メートルのあたり。濁流が襲ったときは41メートルエリアまでも危なかった。しかし、なぜか多くの家は安全圏にあった。一方、今回被害の大きかったショップや作業所などのある工芸村エリアは、じつは39メートルのところがほとんど。そこにあった平屋のスタッフの家では、濁流に、鍋、釜、テレビも流されてしまった。でも、彼らはその話を笑顔でしている。本当にたくましく、しなやかなのだ。どんな苦境にも耐え、自然を受け入れる強さとしなやかさを持っている。
 今回の濁流のなかで、「伝統の森」は、多くの資材や設備を失った。しかし、森の木々のお陰で守られたものも多い。そのことに感謝したい。
 これまでも、いろんなところで激しい濁流を見てきた。その濁流を見ると、それは自然の痛み、叫びなのではないかと思うことがある。そんな自然の山、川、田、畑とともに、自然への感謝の気持ちを忘れないで、これからも暮らしてゆきたい。

2011年10月6日 シェムリアップにて
森本 喜久男

■IKTT「伝統の森」洪水被害への、義援金のお願い■
 このたび激しい濁流のなか、木々に守られながらも「伝統の森」での洪水と濁流による損害は甚大で、施設の回復などのために、ここに皆様のお心を義援金として、支援していただけること、お願い申し上げます。
IKTT(クメール伝統織物研究所) 森本 喜久男
                   
※義援金のお振込みは、下記の口座にお願い申し上げます。
  東京三菱UFJ銀行 梅田中央支店
  口座番号(普)1611655
  口座名  森本喜久男

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
※メールマガジン「メコンにまかせ」の講読は、こちらからお申し込みください(講読無料)。

 以下、現地からの写真です。修理中の発電機、濁流に削り取られた「伝統の森」の前の道路、回収できた染め材となるライチーの木片、木の根元にからみつくホテイアオイなどの水草の除去。


2011-10-01

「伝統の森」をおそった洪水と濁流

 9月29日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.257)のなかで、森本さんは、「伝統の森」をおそった洪水の状況について記しています。
 今回の集中豪雨により、カンボジア各地で河川の氾濫や道路の冠水などが起きています。およそ20万人近い人々が被害を受け、うち死者が約150名、一時的な避難を余儀なくされている人々は2万人に及び、国道や橋梁などのインフラ及び学校や病院などの建物、そして農作物にも大きな被害が出ているとのことです(写真に見るとおり、「伝統の森」では、現在ほとんど水は引いているようですが)。以下、メールマガジンの一部を引用します。

 「伝統の森」に至る、バンテアイスレイ寺院からの道が通行可能だと連絡が入る。いつものアンコールトム郡からの道は、途中約300メートルにわたって道路が決壊し、川になっているため通行不能。米を100キロ、インスタントラーメン3箱、そしてその他の食料品、子どもたちへのお菓子などを買い、村に向かった。
 驚いたことに「伝統の森」のみんなは元気そうだった。顔を合わすと、笑顔が返ってくる。うれしかった。もっと深刻な状態を想定していたから。村の入り口のエリアは、これまでも水が来たことがなく、多くの村人はそこの家々に避難していた。海抜42メートル。今回冠水した所は、海抜39-40メートル。わずか数メートルの違い。
 途中、前回の「蚕まつり」のときに濁流が流れていたところは、そのときよりも激しく渦巻いていた。一緒に行ったドライバーは怖いという。運転を変わり、水没した濁流の中、狭い道路の地形を思い出しながらハンドルを切った。滝つぼから出てきた激しい水の流れを横断するようなもの、気合を入れながらだった。そして、無事、冠水した工芸村エリアに到着。約20人ほどは、そこで頑張っていてくれた。
 水没した面影のように、家の壁は、水位の跡を示すように色が変わっていた。そして、水草が木々に付着し、濁流の激しさを物語っていた。ショップのある作業建屋やわたしの家の階下は、激しい水の流れの痕が、タイルの上に砂の模様となって残されていた。積んであった染色用のライチの木片は多くが流され、一部が植木の根元に転がっている。階下にあった織り機、机や椅子、その他備品類の多くは流されてしまった。しかし、いくつかは、池の周りの木々に引っかかるように残されていた。この木々がなければ、すべて流されていたかもしれない。不幸中の幸い、これも、自然の力なのだろう。飼っていたアヒルは居なくなっていた。逆に、だめだと思っていた鶏は高い木々に避難していたので、大丈夫だという。牛は、幸い入り口に近いところに避難させていたおかげで助かった。
 まだ被害の全体は見えないが、片付けをしながら「伝統の森」の復興事業が始まる。それは決して容易でないことは想像がつく。濁流に飲み込まれ孤立していたときの電話に、人の安全に念を押し、確かめるように話した。もともと、何もないところから、荒地を開墾しながらはじめた事業である。今は、何もないわけではない、経験をつんだ人がいる、すべては人が基本である。そして、土地も家もある。ゼロからの出発ではないと、自分に言い聞かせるように、村人のみんなにも話し始めた。
 今年の「蚕まつり」では、王室や行政からIKTTの活動への感謝のお言葉をいただいた。これは、大きな励みとなる。そして、この洪水を契機に、新しい10年の始まりとしていきたいと、いま思っている。

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
※メールマガジン「メコンにまかせ」の講読は、こちらからお申し込みください(講読無料)。

 以下、現地からの写真です。ゲストハウスの壁に残る水の跡、織り機の並んでいた高床式建物の階下の状況、木々に引っ掛かり流失を免れた机や備品、牛舎の柵に引っ掛かった水草。