数年前のこと、わたしがこれまでに「メコンにまかせ」などのメイルニュースやホームページでIKTTの活動を紹介するために書いたものをクメール語に訳して、IKTTのスタッフに回覧板のように回し読みしてもらうことを思いついた。わたしの、クメール語の不十分さを補う意味でも、IKTTの活動をともに担っているみんなに、より深くそれぞれの仕事と役割を理解してほしいという思いがあった。
たとえば、藍染めの技術を習得した「伝統の森」の染め場のリーダーの女性には、自分の仕事の背景をより深く理解してほしいと思う。――長引く内戦下、カンボジア伝統の藍染めの技術は途絶えていた。少なくとも、1995年にわたしが調査した範囲では藍染めをしている村はなく、その後IKTTを設立してからもカンボジア各地を訪ねているが、伝統的な藍染めをやっている人には出会っていない。唯一、わたしが出会うことができたのは、かつて藍を建てていたという年配の男性であった。彼から直接、話を聞くことで、カンボジア伝統の藍染めがどんな植物で藍を建て、どんな道具を使い、どんなプロセスで準備されていたのか、それを知ることができた。
その後、何人もの協力と試行錯誤を経て、いまではその技術を、彼女は復元し実践するまでになっている。そのことの大切さを、彼女にも知ってほしいと思うのだ。それは、カンボジアの織物の伝統と文化、その誇りを取り戻すことにつながる。
こうした思いは、翻訳に熱心なスタッフに恵まれて、実現した。
サーカー君というIKTTで働きながら大学に通う青年、彼の英語力と積極性に支えられて始まったクメール語のIKTT内での回覧板づくり。しばらくして回し読みを読み終えたスタッフたちとやりとりをするうちに、当初思っていた以上に、このことの重要さに気がついた。それが、それを小冊子にまとめることを思い立ったきっかけだった。
クメール語の小冊子『森の知恵』の自費出版事業は、こうして始まった。そして、その表題は『森の知恵』。それは、現在シェムリアップ州アンコールトム郡で実現している新しい村づくり(伝統の森・再生計画)の英語の事業名Wisdom from the forestでもある。
そもそも、カンボジア国内にクメール語で出回っている書籍の数は多くない。カンボジアの伝統のすばらしさや、自然環境から学ぶことの重要性に言及するような内容の本は、もっと限られている。そうしたことを踏まえて、この小冊子をできる範囲で、無償でなるべく多くの若い人たちに配り、読んでもらえればと思うようになった。そのことは、昨年の7月、このメールマガジン「メコンにまかせ」で、はじめてお伝えした。
そして、この小冊子をできるだけひろく配布できるようにしたいと、日本の支援者の方々に協力を呼びかけ始めた。その告知を始めてから、とても多くの方々からのご賛同と、ご寄付のお申し出をいただくことができた。それゆえ、この本は日本のたくさんの友人からのプレゼントです、とあわせ伝えたいと思っている。
並行して、文章の選択と翻訳を進めた。IKTTのホームページにあるわたしの書いたものを、ほんとうに善意で英語に翻訳していただいている松岡さん。彼の英語の文章からクメール語への翻訳が始まった。
しかしその過程で、日本語と英語、そしてクメール語というそれぞれの表現の違いや、クメール語でその適切な言葉が翻訳しづらい言葉などの問題がいくつも出てきた。たとえば「ラックカイガラムシ」の説明として、「昔はレコード盤の原料として使われていた」という表現がある。しかし、わたしのまわりにいる若いカンボジア人のなかで、誰一人として、黒いレコード盤を見た者はいない。みんなが知っているのはCDやDVD。同じ、音楽を記録するための円盤とはいえ、CDではラックカイガラムシの説明はできない。やっと探し当てたレコード盤のクメール語表記を聞いても、それが何だか想像すらできない。そんな訂正をしながら翻訳は始まった。
そんな試行錯誤ともいえる作業もあり、ずいぶん時間が経ってしまった。
英語からの翻訳作業がようやく終わりに近づいた頃、「伝統の森」に滞在された日本の大学で学ばれた元留学生のかたに、クメール語の原稿に目を通していただく機会があった。一晩かかって読み終えた彼からは「このままでは誤解を持たれますから、本にしない方がいいですよ」と、はっきりと指摘された。そして、その説明を聞き納得してしまった。そのうえ、彼には、プノンペンで仕事を持たれている忙しいその時間を割いて、もう一度日本語からのクメール語の見直しをしていただいた。ほんとうに感謝というしかない。
さきごろ、この難関だった日本語とクメール語原稿のチェックも無事終わり、さらには出版にあたって、プリンセスからのお言葉もいただくことができた。そして、表紙用の写真には、「伝統の森」のなかに残されている大樹のひとつ、樹齢百年になるかもしれない大きな樹のある風景を撮ることができた。こうして、ようやく出版に至る準備も最終段階が見えてきた。一年以上かかったが、ようやく出版できるところまでこぎつけることができた。ご支援していただいた皆様、ほんとうにありがとうございました。あらためて、お礼申し上げます。
まもなく日本での、恒例ともいえる行商の旅が始まる。その一連の展示会・報告会を終え、帰国したところで印刷・製本に入り、年内にはなんとか完成させたいと思っております。
先日の「蚕まつり」の際にも、地元のテレビ局や新聞社などの取材を受けながら、本当に多くのカンボジアの人たちがIKTTの活動に理解と関心を持ち、声援を送っていただいているのだと強く感じた。これまでは、フランスやアメリカに暮らすカンボジア人の方から、それぞれの現地でテレビや新聞などでIKTTの紹介を目にして、感謝と声援をいただくことがあった。それがいまや、カンボジア国内での評価になりはじめているように思える。
その動きのなかで、あらためてクメール語での情報が不足していることを痛感しはじめていた。その意味でも、このクメール語版『森の知恵』の役割は大きなものとなる。
最近も「クメールアプサラ」というカンボジアの雑誌に「蚕まつり」が紹介された。そのなかで、敬虔な仏教徒が多いカンボジアで、蚕の命への感謝の気持ちを表した催しがIKTTの「伝統の森」で行なわれたと紹介された。養蚕をすることが、無益な殺生ではなく、繭から引かれた生糸が、多くの人たちの命を救っている、とも書かれており、それは古くからのカンボジアの伝統なのだと。
そんなIKTTの活動が、より深く、多くの人たちのなかで知られるようになっていってくれればと思う。それはこの小冊子の、もう一つの役割になるのかもしれない。
カンボジアの若い世代にこの本を届ける、その一助をここにお願い申し上げます。発行部数は、当初予定の1000部をクリアできました。みなさま、ありがとうございます。ただ、2000部の印刷が、1000部の印刷代の4割増で可能とのことなので、なんとか2000部を目指したいと考えています。
寄付金は、一口3000円から、とさせていただきます。なお、ご寄付をいただいた方々のお名前を、この小冊子の巻末に記載し、これは日本の方々からの贈り物であることを伝えたいと思っております。
お手数ですが、森本(iktt.info@gmail.com /@を半角に変換してご送信ください)までメールでローマ字でのお名前の表記と併せて、お申し込み口数と入金予定日のご連絡をいただきたく、ここにお願い申し上げます。折り返し、振込先のご案内を送らせていただきます。
「伝統の森」にて 森本喜久男
【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から抜粋】
※昨年7月の森本さんの「呼びかけ」については、このIKTT Japan Newsのなかにある2009年7月10日付の「クメール語小冊子『森の知恵』発行にむけて」をご覧ください。
※メールマガジン「メコンにまかせ」の講読は、こちらからお申し込みください(講読無料)。
※森本さんのメールアドレス変更に伴ない、文書中にあったメールアドレスを旧来のホットメールから、現在のグーグルメールに差し替えました(2010/11/7)。
文章
森本さんのメールアドレス変更に伴ない、文書中にあったメールアドレスを旧来のホットメールから、現在のグーグルメールに差し替えました。
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