2012-04-29

先人の知恵を取り戻す


 4月26日付で配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.266)で、森本さんは、化学染料に取って代わられてしまっている、自然染料による染色技術の復権を強く主張されています。
 以下、メールマガジンから引用します。

 タイやカンボジアからマレイ半島部、そしてスマトラを始めとするインドネシアの島嶼部、それぞれの場所で、古くから伝統の織物が織られてきた。それは、それぞれの精神世界を表すものであり、また一方で日常の衣として使われてきたもの。その多くは、わたしたちが言う「手の記憶」の世界にある。ゆえに、その多くは記録として残されていない。
 親から子への、伝承の世界。わずか7~80年、織物の村に化学染料が持ち込まれ、それが日常化していく中で、伝統の自然染料の知恵は、あっという間に村から消えていった。
 たとえば「蘇芳」。綺麗な、オレンジかかった独特の赤が染まる。しかし、一般的には日光堅牢度が悪く、染めても日光の下に晒すと、簡単に褪色する、と言われている。この蘇芳、タイから朱印船時代の日本への積荷の半分はこの木だった、そんな記録も。タイには、この木の名前の地名も残る。そして、抗菌性が強く漢方薬にもなるこの木は、今では貴重なものに。南米、ブラジルはこの蘇芳の木の英語名の一つ。やはり、当時のヨーロッパ人が貴重な赤い色の染め材の産地としてブラジルを見ていた証左といえる。
 有名な、織田信長の赤い陣羽織。これは、この蘇芳で染めてるのではないかと思える。しかし、いまも色は褪せずに輝いている。どうしてなのか。それは、蘇芳の木片で染める前に下染めをする植物があり、それで先染めし、蘇芳で染めると堅牢度は上がる。しかし、この知恵は今では消えてしまっている。
 インドネシアのバティックと呼ばれるローケツ染めをするグループのリーダーと話していたとき。化学染料のインスタントな便利さが普及し、親から子へと三世代経てば、約百年前の記憶は消えてしまう、と嘆いていた。どの植物でどんな色を染めていた、という記憶はかろうじてあるにしても、実際に染めるための秘訣、実技的な知恵は欠落し、断片化されてしまう、とそんな話に。蘇芳の染めはそれを象徴している。
 わたしは、東南アジアの染料植物の調査をしながら、そのための資料として、手に入る本などを探していたとき、偶然に手にした本がある。それは、大正時代に日本で南洋材と呼ばれてきた木を扱う人たちのマニュアル本。それは、木の用途や育て方、見分け方などが詳細に記述されていた。そして、インドネシア語、マレイ語やフィリピン語など、それぞれの国での木の名前も。そして、それぞれの木の項目の最後に[その他]と言う項目があり、食用になるとかそれ以外の利用について書かれていた。
 なかに、この木は何色の染色に使われていた、という記述も。そして驚いたことに、ある木の[その他]の項目に、蘇芳の下染めに使われていたという記述を見つけた。そして、実際にそれを試してみた。ほんとうに日光堅牢度が上がる、いとも簡単にこれまでの蘇芳の堅牢度の常識は覆された。おおげさに言えば、新たな発見。だが、じつは伝統の知恵。昔ならば普通にあった知恵といえる。この本には19世紀後半から20世紀はじめ、村に近代的な産物が導入される前の時代の南洋で自然と接していた人たちの知恵が記録されていたことになる。そして、幸いなことに、そんなわたしたちが失った、染色の知恵もそこに記録されていたのである。
 そんな経験を繰り返しながら、いまわたしたちは、すべてを失う前にそんな先人の知恵をもう一度取り戻す作業にとりかからなければと、強く思えるようになった。

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から一部修正のうえ、再掲】
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