2011-09-06

Amazonの著者ページに、森本さんのプロフィールが掲載されました

 Amazonの著者ページに、森本さんのプロフィールが掲載されました。

森本喜久男(もりもと・きくお)
 IKTT(Institute for Khmer Traditional Textiles ;クメール伝統織物研究所)代表。1948年生まれ。
 1996年にカンボジアの現地NGOとしてIKTTをプノンペン郊外のタクマオ市に設立。以来、内戦下で途絶えかけていたカンボジア伝統の絹織物の復興と、伝統的養蚕の再開に取り組む。2000年、IKTTをシエムリアップに移転。工房を開設し、研修生の受け入れを開始し、伝統的な絹織物の制作と並行して、若い世代への染め織り技術の継承に努める。2002年、シエムリアップ州アンコールトム郡に約5ヘクタールの土地を取得し、「伝統の森」予定地とする(後に23ヘクタールにまで拡張)。2003年、IKTTのプロジェクトとして「伝統の森・再生計画」に着手。荒れ地を拓くところから始め、小屋を建て、井戸を掘り、畑をつくり、野菜・桑・綿花を栽培し、養蚕をし、自然染色の素材となる木々を植え、自給的な染め織りが可能な工芸村を立ち上げた。自然染料による染織を核にしつつも、人びとの暮らしの再生と、人びとの暮らしを包み込む自然環境の再生に取り組むIKTTのプロジェクトサイトを「伝統の森」と呼ぶ。この「伝統の森」は、現在では、敷地のほぼ半分を木々の再生エリアとして保全・育成しつつ、約200人が暮らす「新しい村」として行政的認可を得るまでに成長。
 著書に『メコンにまかせ 東北タイ・カンボジアの村から』、『カンボジア絹絣の世界 アンコールの森によみがえる村』、ほかに私家版の『Bayon Moon - Reviving Cambodia's Textile Traditions』(英語版)、『森の知恵 The Wisdom from the forest』(クメール語版)など。また、「伝統の森」で開催されたイベントを記録したDVD『IKTT伝統の森 蚕まつり2008』などがある。
 第11回ロレックス賞受賞(2004年)、社会貢献者表彰(2010年)。
 日本国内での、講演会や「伝統の森」で制作された絹織物などの展示販売イベントなどの詳細は、メールマガジン「メコンにまかせ」(http://www.mag2.com/m/0000070073.html)や、ブログサイトIKTT Japan News(http://ikttjapan.blogspot.com/)で随時更新中。

2011-09-05

ファッションショーのための手描き草木染めバティック

 「蚕まつり2011」前夜祭のファッションショーのために、森本さんが制作した手描きの草木染バティックをご紹介します。


2011-09-04

「蚕まつり2011」ファッションショーのリハーサル



 「伝統の森」で開催される「蚕まつり2011」の前夜祭のメインイベントともいえる、ファッションショーのリハーサルの様子が届きました。屋外のステージの開放感が感じられます。
 直前になっての、日本からの「蚕まつり」参加表明が増えているそうです。

2011-09-03

「蚕まつり2011」まで、あと数日

 9月3日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.254)のなかで、森本さんは、直前に迫った「蚕まつり2011」への思いについて記しています。以下、メールマガジンより引用します。

 開催まで、あと数日となった「蚕まつり」。早いもので、今年は第8回。8年目を迎える。
 そして今朝、プノンペンの王宮から、シハモニ国王の母君、モニック王妃の代理としてプリンセス妃がご臨席いただけると、ご連絡をいただいた。とても、光栄なこと、IKTT一同、緊張しながらお迎えすることになる。そして、シェムリアップ州知事からもご出席いただけると、ご連絡をいただいた。今年は、ほんとうに記念すべき「蚕まつり」となる。
 そのため、前夜祭の会場はこれまでの作業所ではなく、屋外に舞台を準備することにした。そして、時間も早くに変更。午後3時から、ご来賓の方々をお迎えしたあと、ファッションショーの前に、アプサラの踊り手たちによる客人を迎える踊りから始める予定。それに続き、織り手たちによるファッションショーとなる。例年の子どもたちのダンシングとバンド「ミロ」による演奏は、食事を挟んでの後半第二部、午後6時からの開催となる。明るい時間での、野外のファッションショーのため、メイクや照明などに工夫がいる、というか大変。でも、自然の染料だけで染め上げられたIKTTのクメールシルクの本来の美しさを、自然光の下で見ていただけると思っている。
 今日も、みんなでステージのウォーキング練習。最後の追い込み。今年のエンディングはマドンナに決定。野外でのショーだからの演出もあります。おいでいただける方、楽しみにしていただければと思います。
 カンボジアの伝統織物の復元から、それを取り囲む自然の再生、生活環境の再生、村づくりにまで発展してきたIKTTの活動が第一のステージを終え、第二のステージに向かおうとしている。そんなことをいま、「蚕まつり」の準備をしながら感じている。
 これからも、IKTTの活動、そして自然と、布への思いを、みなさまと共有していきたいと思っております。よろしくお願い申し上げます。深謝。

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
※メールマガジン「メコンにまかせ」の講読は、こちらからお申し込みください(講読無料)。
※写真は、ファッションショーのために、森本さんが制作した手描きの草木染バティックです。

2011-08-24

「蚕まつり2011」の詳細が決まりました

 「蚕まつり2011」の詳細が決まりました。「伝統の森」での蚕まつりの開催は、すでに8回目となるようです。
 今回の前夜祭は、2部構成での開催となります。9月10日(土)の午後、15時から第1部としてアプサラダンスとファッションショーを、そして休憩と食事を挟んだ後、第2部として、子どもたちのダンシングと、シエムリアップで活動するバンド“MILO”による演奏が予定されています。
 翌11日(日)は、朝8時から、仏僧を招いての蚕供養の儀式が行なわれます。

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【前夜祭】9月10日(土)
    15時00分~ 《第1部》アプサラダンスそしてファッションショー
       (休憩/食事)
    18時~    《第2部》子どもたちのダンシング、そしてMILOによる演奏
【蚕供養】9月11日(日)
     8時~  仏僧を招いての蚕供養の儀式
    ★前夜祭(第1部)の開始時間が15時に変更になりました。
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 これまでの「蚕まつり」については、このブログサイトの左側サイドバーのラベルのところから、 [蚕まつり] をクリックしていただくと、過去の記事がご覧になれます。

2011-08-23

森への訪問者

 8月22日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.253)のなかで、プノンペンにある王立農業大学(the Royal Agricultural University of Phnom Penh)の学生たちの、「伝統の森」への訪問について記しています。以下、メールマガジンより引用します。

 先日、「伝統の森」に、約100名のプノンペンの農業大学の学生たちがやってきた。一日を森で過ごした学生たち。染めや織り、桑畑、養蚕、野菜畑など、興味のある対象ごとにグループに別れ、「伝統の森」の担当者とディスカッションに夢中。
 無農薬の、オーガニックな畑と布。いい布を作るには、いい土が要るというわたしの話に聞き入ってくれた。彼らにも、小冊子『森の知恵』を贈呈した。真剣かつ前向きな、彼ら彼女らのエネルギーに期待したい。

 

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
※メールマガジン「メコンにまかせ」の講読は、こちらからお申し込みください(講読無料)。

2011-06-30

カンボジアシルクの未来

 続けてのご案内です。
 6月29日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.252)のなかで、森本さんは、カンボジア国内で新たに始まったカンボジアシルクに関する取り組みについて記しています。以下、メールマガジンより引用します。

 「カンボジアの養蚕業と、シルクの未来」、この遠大なテーマを見据えた会議が、先日プノンペンで開かれた。国連のWFPが財政も含めた支援をし、カンボジア政府の閣僚評議省(首相府)と農業省が中心となり、各州の農業省の担当者も含め、すでに養蚕を開始している各地の村人やNGO関係者も参加。IKTTからは「伝統の森」の村長トウルさんとわたしが参加、全体で約50名の参加者。
 これまでにも商業省を中心にしたシルクプロジェクトがあったのだが、そこからもう一歩前に踏み出した動きが始まったといえる。まず農業省が中心になり、養蚕農家を支援するための養蚕センターが開設され、具体的な品種改良も含めた見直しが始まっている。そこでは、同時にカンボジアの黄色い蚕、在来種の再評価が進められている。
 これまでの養蚕業は、それをわたしはあえて「近代養蚕」と呼ぶのだが、効率と生産性が第一に掲げての品種改良が進められてきていた。結果的には、機械に対して効率のよい糸を吐く蚕が優先された。それゆえカンボジアの在来種は、効率の悪い蚕とみなされてきた。しかし、大量生産を前提に品種改良しつくされた蚕は、いまでは桑の葉を食べさせてもらえず、人工飼料で育てられている。それは、いわば工場で作られるシルク。結果的には、丈夫さやしなやかさに欠ける、水洗いができない弱いシルクになっている。
 カンボジアで古くから飼われていた、黄色い生糸を吐く蚕。そして、昔ながらの座繰りと呼ばれる方法で繭から糸を、手で引く。IKTTの「伝統の森」で引かれる、しなやかな生糸である。その生糸のよさが今、見直され始めている。たとえば、月に1000メートルの布を、と突然の問い合わせがベルギーから。それ以外にも、そんな問い合わせが来るようになってきている。しかし、現在の生糸の年間生産量はカンボジア全体でわずか5トン。月に1000メートルの布のためには、一年間で1トン以上の生糸が必要にある。しかし、それだけの生糸は現在のカンボジアでは確保できない。生糸の生産量が足りない。タケオなどの織物産地で使われている生糸の多くは、ベトナムや中国から輸入されている。それは、大量生産された生糸、その輸入量は年間400トンを超える。
 プノンペンの会議では、10年後、2020年に生産量を400トンにして行くための戦略が話し合われた。しかし、それは大量生産の近代養蚕を目指すものではない。カンボジアの在来種の蚕を生かし、効率だけを最優先させるのではなく、より丈夫な養蚕農家にとって必要な蚕への品種改良を準備するというもの。それは決して容易なことではない。しかし、その第一歩が踏み出された。その目標を現実のものとするための、養蚕農家を支える政府の具体的な政策が動き始めた。かつて日本では、各地に蚕糸試験場があり、養蚕農家を支えてきた。それと同じようなシステムが今、これからのカンボジアの養蚕農家には必要である。
 IKTTも「伝統の森」で、蚕を飼い、そのために必要な桑畑を試行錯誤をしながら少しずつ広げてきた。しかし、蚕は生き物、生モノ。決して容易なことではない。でも、その吐く糸は素晴らしい。これからもIKTTは、カンボジアの黄色い生糸の未来のために、その力を、カンボジアの多くの村人と合わせていきたいと、いま願っている。

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
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クメール語の小冊子『森の知恵』にまつわるTV局の取材

 6月29日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.252)で、森本さんは、カンボジアのTV局から取材を受けたことを記しています。以下、メールマガジンより引用します。

 数日前、「伝統の森」でカンボジアの人気テレビ局CTNの取材を受けた。昨年の「蚕まつり」を取材し、特番を作って放映してくれたテレビ局だ。
 最近、カンボジア国内で、IKTTの活動と名前が知られるようになり始めている。カンボジアの織物やハンディクラフトの活動にかかわるNGOの人たちの訪問が増えている。なかには、自然染色の研修に訪れるグループもいくつか。そして、王立のプノンペン芸術大学の学生や、農業大学の学生などもグループでやってくるように。伝統の生きた姿と、そこで暮らす人々。そして自然。若いカンボジアの人たちが、その生活の様子を見て、多くのことを感じてくれるようになってきた。
 今回の取材は、わたくしのクメール語の小冊子『森の知恵』発行についてだった。そして、小冊子を献上させていただき、それに目を通されたシハヌーク元国王から直筆の感謝の書状を頂いたことへの、わたしの思いをインタビュー形式で受けた。しかし、恥ずかしながら、わたくしのクメール語は日常会話では何とかなるが、そんな公式的なインタビューにお答えするにはとても、のレベル。あらためて、読み書きからもう一度勉強しなくてはならないと、反省の気持ちが。
 さらには「カンボジアのシルクの現状と未来」などという、大それた質問を受け、答えたいのはやまやまだが、クメール語の言葉が出てこない。今週の木曜日の夕方には放映される予定だというが、解説で紹介していただけるとは思うのだが、やはり見るのが恥ずかしいような気が。
 タイで10年と少し暮らし、カンボジアでの暮らしも15年を超えた。でも、タイ語はいまでも普通に話せるのだが、クメール語は日常会話のレベル。最近は政府の方々とお会いすることもあるのだが、クメール語だけでは説明できないもどかしさがついてまわり、英語で補足の日々。
 60の手習いかな。タイ語のときもそうだったが、やはり読み書きから勉強しないとだめなのだろうと思い始めてきた。読み書きができるようになると、正確な音の違いがわかり、単語への理解と記憶が進む、はずである。

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
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2011-06-27

個人ブログ「にゃむ」のご紹介

 NPO法人かものはしプロジェクトの共同代表であり、カンボジア駐在員の青木健太さんの個人ブログ「にゃむ」に、6月10日付で「天然染料にチャレンジ!」という記事がアップされています。
 かものはしプロジェクトで製作している製品の染色を、天然染料で行なうことができないかというトライアルとして、染めを担当するスタッフとともに「伝統の森」で、イグサの染色を試みたようです。
 1950年代のカンボジアの農村部のフィールドワークの集大成ともいえるJ・デルヴェールの『カンボジアの農民』(風響社)のなかにも、たしかイグサ(茣蓙)の染色についての記述があったように記憶します。

2011-06-12

完成したクメール語の小冊子『森の知恵』

 6月11日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.250)で、森本さんは、発行のための支援協力をお願いしていたクメール語の小冊子『森の知恵』が、ようやく完成したことを記しています。以下、長くなりますが、メールマガジンより引用します。

 はじめてわたしが「クメール語の小冊子発行に向けて」というメールを発信したのは2009年7月のことですから、ほぼ2年も前のことになります。小冊子の印刷発行と無償配布に向けて、みなさまにご支援をお願いしておきながら、ずいぶんと時間が経ってしまいました。あれはいったいどうしたのかと、ご心配いただいたり、呆れられている方もいらっしゃるかと思います。
 できあがった『森の知恵』を、NGOで働くカンボジアの人たちや、日本語を勉強している若いカンボジアの人たち、周辺の小中学生などに届けはじめております。すでに読み始めた人からは、いいね、という反響があったりします。年長の方からは、若い人たちがカンボジアの伝統を見直すきっかけに役に立つと言っていただいたり、なかには、届けた組織の日本人の方から日本語版はないのか、と聞かれたりしております。
 そして、ほんとうに光栄に思える出来事がありました。この『森の知恵』を読まれたシハヌーク元国王から、モニク王妃との連名で、手書きの賛辞のメッセージが届いたことです。これまで、共に歩んできたIKTTのみんな、そしてそれを支えてきていただいた方々と、その喜びを共有したいと思います。
 わたしが、カンボジアの人たちと直接、知り合うきっかけは1980年、当時たくさんのカンボジアの人たちがタイ国境に押し寄せ、国境付近には難民キャンプが次々とできていた。そして、悲惨な現状を伝えるニュースは世界を駆けめぐり、緊急支援のために世界中の援助機関が動き始めていた。縁があり、わたしは80年にバンコックを訪れ、友人たちから託されたわずかな支援物資をNGOに届けた。そしてできたばかりの日本のNGOで活動する、世界中から駆けつけた熱気のある若い日本人たちと出会うこともできた。その現場で出会った、いろんなバックグラウンドを持つ人たち、それはわたしにとって衝撃でもあった。そんな、人との出会いが最初のきっかけのように思える。
 そして81年、短期で難民キャンプを訪れ、難民となったカンボジアの人たちの姿、そこで暮らす人たち、そしてそこで活動する世界から集まった人たちに接したことが、京都で手書き友禅の親方として工房を構えていたわたしに、工房をたたみ、難民キャンプのボランティアとしてタイへ行くことを決意させた。それは、いっしょに仕事をしていた弟子から見れば、困った親方だったと思う。
 難民キャンプにある織物学校のボランティアとして、83年1月からタイへ。しかし到着してみると、そのキャンプは閉鎖が決まっていた。そんなとき、わたしが京都で染織の仕事をしていたことを知っている方が、国際ロータリーの会合でバンコックに来られていた。お会いして、「森本さん、あなたの経験を生かさなければ、もったいないよ」と一言。それが、現在まで続く「糸へん」と呼ばれる、布にかかわる仕事に自身を特化してきた、きっかけだったかもしれない。
 難民キャンプに収容されたカンボジアの人たち、そしてそのキャンプの周辺で古くからタイに暮らすクメール・スリンと呼ばれる人たち。そこに、黄色い生糸を吐く蚕がいた。京都で10年と少し、友禅染めという絹織物にかかわる仕事をしながら、生糸は白いものだと思っていた常識を覆された。そして、その黄色い生糸で織りあがった手作りの布が持つ風合いに、惹かれた。当時、村で作られている黄色い生糸は品質が劣るというのが、多くの専門家の常識だった。そのことへの疑問、そして実際に材料工学の専門家に検査をお願いしたこともある。そして、この黄色い生糸の良さを確信。以来30年近く、その黄色い生糸にまとわり付かれながら、その糸からできる布が好きで、今ではその人たちとカンボジア、シェムリアップで「伝統の森」と呼ぶ小さな村を作りながら暮らしている。それは、不思議な出会いの積み重ね。
 カンボウジュ種と呼ばれる、黄色い生糸で織り上げられたクメールシルク。しかし、長い内戦のなかで、そのすばらしい伝統が、カンボジアの人たちの中でも失われようとしていた。それを取り戻したいということが、わたしのIKTTとしての活動の起点。
 そして、そのすばらしい伝統が、暮らしとともにある豊かな熱帯モンスーンの自然の中で育まれてきたことと、そのことの大切さに改めて気付いたことが、シェムリアップ郊外のピアックスナエンに、織物を生み出す村の生活とそれを包む自然環境の再生をめざす「伝統の森」プロジェクトを開始した動機となった。
 アンコールの時代、かつてはそこはアンコールを包む森の一部だったと確信する。でも、「伝統の森」プロジェクトを始めてまもなく、周辺の、わずかに自然の木々が残されていた土地が、数日にしてブルドーザーですっかり伐採されるという状況も目の当たりにした。そして、現在のカンボジアには、この国にすばらしい伝統的絹絣があったことも知らず、それを見たことのない若い人たちがたくさんいることにも気付いた。
 桑の木を植え、蚕を育て、自然の染料を使って布を作る日々のことや、伝統や自然について、これまでわたしは日本語でメイルニュースやウェブサイトに書いてきた。しかし、わたしのクメール語のいたらなさもあり、なかなか周りにいるカンボジアの人たちに、そんな仕事への気持ちを伝えられずもどかしい思いもしてきた。そんなこともこのクメール語小冊子を作りたいと思った発端にあった。
 幸いなことに、松岡さんという方がボランティアで、わたしの日本語を英訳してくれていた。あるとき、ウェブにアップされていた英訳された文書を読んだIKTTのスタッフで英語を熱心に勉強しているサカ君が、それをクメール語に翻訳することを始めた。それがIKTTのスタッフやサカ君の同級生の間で回し読みされ、いろんな声が聞かれるようになってきた。IKTTに、お絵描き組というのがある、毎日好きな絵を描きながら給料をもらえる人たち。でも、彼女たちは、なぜわたしがお絵描き組を始めたのか知らないでいた。そして、わたしの思いをクメール語で読み、納得。また、クメールシルクの話を読み、初めて黄色いクメールシルクと白いシルクの違いがあることを知った人もいる。それならば、そのクメール語の原稿をまとめて小冊子にし、多くのカンボジアの若い人たちに読んでもらおう、というのがそものそもの始まり。
 そして、サカ君の翻訳の見直しを、元留学生のメアンさんにお忙しい仕事の合間を縫ってお願いし、格調高いクメール語と言えるだけのものに磨き上げられ、ようやく『森の知恵』ができあがった。
 こうして完成したことを、いまとても嬉しく思っています。
 日本から、出版と無償配布に協力していただいた多くのみなさんに、ここにあらためて感謝とお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。当初、お約束したとおり、ご支援いただいたみなさまのお名前も、本の最後のページに掲載させていただきました。深謝。

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
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※2009年7月に森本さんが発信した「クメール語の小冊子発行に向けて」については、こちらをご覧ください。

2011-06-10

映画「僕たちは世界を変えることはできない。」、そして川原医師の「手当て」

 6月9日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.249)で、森本さんは先月末に突然日本にやってきた理由を説明されました。
 9月に全国ロードショー予定の、向井理さん主演の映画「僕たちは世界を変えることはできない。」の前売券購入者へのプレゼントとして、カンボジアのクロマーが贈られるそうです。じつは、そのクロマーの準備を、カンボジアにいる森本さんが依頼されていたのです。残念ながら、IKTTのシルクのクロマーではなく、森本さんが古くから知る、プノンペン近郊の織り手たちの村のクロマーだそうです。
 そのクロマーの発送手配が予定どおりにいかず、前売券の発売開始に間に合わせるために少量でも手持ちで日本に持ち込む必要があった、というのがコトの真相のようです。カンボジアの通関ルールに変更があったらしく、発送と通関を請け負っていた業者さんにとっても予想外の展開となったようでした。
 クロマーを成田空港で宅配便に託した後は、フォトグラファー内藤順司氏の紹介もあり、名取市へと向かい、現地で活動されるNPO法人ロシナンテスの川原尚行医師とそのスタッフのみなさん、そして現場に駆けつけたボランティアの方たちとの出会いがありました。以下、メールマガジンより、引用します。

 この数ヶ月、日本から伝えられるニュースを見ながら、カンボジアの地で被災地の方たちへの思いが募っていた。そして急遽、仙台の被災地で活動されるNPO法人ロシナンテスの川原尚行医師とそのスタッフのみなさん、そして現場に駆けつけたボランティアの方々とお会いする機会が持てた。しかし、訪れて、あらためて現場の大変さと、そこで活動される方々の気迫を感じた。厳しい現実を現実として受け止める、そこからしか始められないことだと、感じた。
 ロシナンテスの川原医師とは、被災地仙台で再会。スーダンで医療支援活動をされてきた川原医師が東北の被災地に入られたのは3月15日から。被災地での緊急支援の必要を理解し、そこにとるものもとりあえず駆けつけられた。それ自体、すごいこと。そして、被災地で現地の方と接しながら、川原さんは「薬はいらない」「大切なのは、手を当てること」と言われた。戦場のような被災地の中で、人びとと接しながら、医師として「手を当てる」行為の大切さを改めて実感されていた。その言葉は重く、お聞きしながら感激してしまった。
 そして、あらためて誰かに期待するのではなく、一人一人が個として、自身にとって身近な人にとって大切なことを見極めることが必要なのだと思えた。それは、基本は自己責任。そのための優先順位をはっきりさせ、それに従って行動することが必要なのではないだろうか。そして、のちのち後悔なく、納得できることをしなくてはならない。他人の目や、一般常識などにとらわれる必要はない。自身で決めていくこと、そんなことをあらためて感じた。

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
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2011-06-02

法然院から、荒浜小学校の生徒さんへの支援が行なわれています

 毎年11月の紅葉の時期に、森本さんの報告会とIKTTのシルクの展示販売を行なわせていただいている京都の法然院では、津波で被災された仙台市立荒浜小学校の生徒さんへの支援を行なっていらっしゃいます。以下、法然院のWebサイト(法然院サンガ:222)から引用します。

 日本赤十字社など大きな団体への寄付を通じての被災者支援は公平性の観点から大切とは存じますが、顔の見える方々への個別の支援にも一方で取り組んでゆきたく存じます。此度、御縁がございまして、3月11日の地震による津波で校舎が2階まで水に浸かり、自宅を流された生徒も多く、5kmほど離れた仙台市立宮城野小学校で授業を受けている仙台市立荒浜小学校の生徒の皆様方の卒業アルバム製作、修学旅行、校外学習を支援させていただくことになりました。
 義捐金をお寄せ下さる方は、郵便振替用紙の通信欄に「荒浜小学校生徒学習支援」とご記入いただき、お払い込み下さい。宜しくお願い申し上げます。

 郵便振替口座番号:01050-4-60318
 加入者名:本山獅子谷法然院

2011-05-30

シエムリアップで、お絵描き組の作品展が始まりました

 シエムリアップで、ノム・トム・ムーンというお菓子の製造販売をしているカンボジア・ティー・タイム本店の2Fカフェ・ギャラリーで、IKTTのお絵描き組による作品展が始まりました(入場無料)。海上には、約40点の水彩画が展示されています。
 期間は、6月15日までとのことです。近々シエムリアップにお出かけの方、カンボジア在住の方は、ぜひともお越しください。
 会場となるカンボジア・ティー・タイムは、国道6号線(空港からシエムリアップ市内へ向かう途中)の、ゴールティアナ・アンコール・ホテル(Goldiana Angkor Hotel)、APEX(エーペックス)オフィス、レストラン米咲(maisa)の近くです。〔地図はこちら〕
 
カンボジア・ティー・タイム
 営業時間:10:00~19:00
 電話:(+855)63-761-397

2011-05-29

高円寺報告会&トークショー、終了しました

 高円寺・庚申文化会館での報告会&トークショー、充実した雰囲気のなか終了しました。突然の告知にもかかわらず、ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
 午後の部の「シエムリアップ 現地からの報告2011」では、森本さんが前日に訪れた宮城県山元町で瓦礫撤去作業の手伝いをしたことや、川原医師が被災地で行なっている「手当て」の意義に始まり、「伝統の森」の最近の変化、そしてシエムリアップに移転して10年が過ぎたIKTTの今後の目標について語っていただきました。
 夜の部の内藤順司氏とのトークショー「どうしたニッポン、そしてカンボジアとニッポンの未来」では、311以降の被災地の状況や日本の現状について話題が集中し、内藤さんが現地で知りえた“事実”や「川原医師や森本さんが的確な判断で行なっている現在の活動を支えるものは、それまでの経験の蓄積以外なにものでもない」という話や、森本さんの「自分にとってのプライオリティを考えてリスクに対応することが必要」で、それには「自分を大切にする、個の判断しかない」という発言には、会場からの共感が感じられたように思いました。

2011-05-25

5月28日、高円寺・庚申文化会館での報告会&トークショーのご案内

 森本さんの突然の一時帰国に合わせ、5月28日(土)、高円寺の庚申文化会館で、現地報告会と、フォトグラファー内藤順司さんをお迎えしてのトークショーが開催されます。
 午後2時からは、森本さんによる「シエムリアップ 現地からの報告2011」を、午後6時からは内藤順司さんとのトークショー「どうしたニッポン、そしてカンボジアとニッポンの未来」です。
 なお、会場では、報告会・トークーショーの前後にIKTTのシルク等の販売も行ないます。

と き:5月28日(土)
ところ:庚申文化会館(高円寺)
住所:東京都杉並区高円寺北3-34-1(茶房 高円寺書林のすぐ隣です)
電話:03-5356-9081

タイムテーブル(予定)
【午後の部】「シエムリアップ 現地からの報告2011」
 13時30分 開場
 14時    森本喜久男・現地報告会
 16時    閉会
【夜の部】「どうしたニッポン、そしてカンボジアとニッポンの未来」
 17時30分 開場
 18時    内藤順司×森本喜久男 トークショー
 20時    閉会

アクセス:JR高円寺駅北口の高円寺純情商店街を直進。突きあたりを左折し、すぐに右折。DVDドラマのすぐ先の左側角の建物(フロレスタ・ドーナツの手前)です。

2011-05-19

「日本列島 知恵プロジェクト」Webサイトのご紹介

 日本ロレックス株式会社が特別協賛している「日本列島 知恵プロジェクト」のWebサイトで、森本さんの活動が紹介されています。
 この「日本列島 知恵プロジェクト」とは、古来から里山や里海とともに暮らしてきた日本各地の知恵を訪ね、紹介していくというプロジェクトであるようです。サイト上にあるプロジェクト概要の項には、活動目的――古来、日本の各地に伝わる自然との共生の知恵、すなわち「里山」や「里海」の地域に残る知恵を取材。その取材内容を体系的に編纂し、定期的に発信することを通じて、日本の豊かな未来作りに寄与していくこと、とあります。
 このサイト上に、「未来に貢献する革新的プロジェクト」として、森本さんの活動が紹介されていますので、ご紹介いたします(トップページ下部の、Rolex Awards for Enterpriseと記されたブロックをクリックしてください )。

2011-04-20

中学校の美術の教科書にカンボジアのピダン(絹絣)が掲載されます

 平成24年度から使用される中学生向けの美術の教科書(日本文教出版)に、カンボジアのピダン(宗教的な絵柄を用いた、天蓋布として使われてきた伝統的な絹の絵がすり)が、掲載されるそうです。
 掲載される作品は、平山郁夫シルクロード美術館の所蔵品です。
 この作品は、2003年に福岡市美術館で開催された「カンボジアの染織」展でも展示されました。この企画展示にあわせて、同美術館で制作された図録『カンボジアの染織 - The Textiles of Cambodia』では、図版番号No.2として掲載されているものだということです。

2011-04-11

「蚕まつり2011」のご案内

 おまたせしました。今年の「蚕まつり2011」の開催日程が決まりました。
 ファッションショーを含む前夜祭は、9月10日(土)の午後4時からの開催予定です。翌11日(日)の早朝に、蚕供養が行なわれます。

 写真は、昨年の「蚕まつり2010」のときのものです。
 「蚕まつり」については、サイドバーにあるラベルから<蚕まつり>の項目を選択していただければ、過去の記録をご覧いただくことが可能です。

2011-03-17

フォトグラファー内藤氏と川原尚行医師、宮城県で災害救援を開始

 昨年2月のJICA地球ひろばでの写真展を皮切りに、各地の大学でIKTTに関する写真展を開催していただいているフォトグラファーの内藤順司さんが、ご自身のツィッターで宮城県入りしたと報告されています。[内藤順司 (sudan0312) on Twitter
 これは、現在一時帰国中の、スーダンで医療活動を行なっている川原尚行医師が、宮城県で災害救援活動を開始したことにあわせての現地入りです。
 川原尚行医師は、成田看護士とともに、14日の午後から宮城県名取市の東北国際クリニックでの診療活動を開始し、17日からは名取市や岩沼市の避難所を中心に、クリニックに来ることのできない人々のための巡回診療を行う予定とのこと。

 「目の前に苦しんでいる人がいるなら、助けなければ」という思いは、スーダンで一人の医師として出来る事をやりたいと思い、ロシナンテスとして活動を始めたときと同じ気持ちです。――とのメッセージが、3月17日付の川原医師のブログにありました。

 なお、ロシナンテスのWebサイトでは、川原医師の現地入りにあわせ、『東北地方太平洋沖地震支援金』の受け付けを開始しています。

2011-03-15

3月17日-23日、日本写真芸術専門学校フォトフィールドワークゼミ卒業作品展 のご案内

 日本写真芸術専門学校・写真科フォトフィールドワークゼミでは、授業の一環として半年間のアジア撮影実習を実施しています。2010年度も3月から9月までの合計183日間、台湾・ベトナム・カンボジア・タイ・マレーシア・シンガポール・インド・ネパール・中国・韓国を訪問し、学生一人ひとりが各自の企画を基に自力で取材撮影をしてきたそうです。
 なお、この作品展出品者のひとり、濱口聖子さんは、マレーシアでのスクーリングのあと、カンボジアに戻り、「伝統の森」での「蚕まつり」の撮影をされています。
 この半年間の旅の成果をまとめた学生10名による卒業作品展が開催されます。彼らが実体験を通して見た世界や感じた気持ち、そして、それぞれの個性によって表現された「アジアの今」をご覧ください。

出展数 約150点
期 間 2011年3月17日(木)~3月23日(水)日曜・祝日は休館
時 間 10:00~18:00(最終日は15:00まで)
会場  オリンパスプラザ東京
    東京都千代田区神田小川町1-3-1 NBF小川町ビル

2011-03-08

森本さんの講演抄録が富山大学芸術文化学部「TREC」に掲載されました

 昨年11月、富山大学芸術文化学部に招かれた森本さんの講演の抄録が、同大学のプロジェクト広報誌「TREC (vol.5)」に掲載されました。
 この広報誌「TREC」は、同大学のプロジェクトサイトから、PDFファイルでの閲覧とダウンロードが可能です。
 なお、TRECとは、Takaoka×Toyama×Root×Earth×Cultivateの頭文字からなり、同プロジェクトのWebサイトに次のように説明されています。――TRECとは、高岡/富山 [Takaoka/Toyama] から発信をする、伝統技能伝承の課題の根源 [Root] を探り明らかにしてゆく、いま地球はエコの時代 [Earth/Eco] 、それらを開墾 [Cultivate] してゆくというキーワードから、その頭文字をとったプロジェクトです。また同時にRECは、高岡の再生 [Re-Creation] 、そして記録する [Recording] にもつながってゆきます。

森本さんの講演抄録が富山大学芸術文化学部「TREC」に掲載されました

 昨年11月、富山大学芸術文化学部に招かれた森本さんの講演の抄録が、同大学のプロジェクト広報誌「TREC (vol.5)」に掲載されました。
 この広報誌「TREC」は、同大学のプロジェクトサイトから、PDFファイルでの閲覧とダウンロードが可能です。
 なお、TRECとは、Takaoka×Toyama×Root×Earth×Cultivateの頭文字からなり、同プロジェクトのWebサイトに次のように説明されています。――TRECとは、高岡/富山 [Takaoka/Toyama] から発信をする、伝統技能伝承の課題の根源 [Root] を探り明らかにしてゆく、いま地球はエコの時代 [Earth/Eco] 、それらを開墾 [Cultivate] してゆくというキーワードから、その頭文字をとったプロジェクトです。また同時にRECは、高岡の再生 [Re-Creation] 、そして記録する [Recording] にもつながってゆきます。

森本さんの講演抄録が富山大学芸術文化学部「TREC」に掲載されました

 昨年11月、富山大学芸術文化学部に招かれた森本さんの講演の抄録が、同大学のプロジェクト広報誌「TREC (vol.5)」に掲載されました。
 この広報誌「TREC」は、同大学のプロジェクトサイトから、PDFファイルでの閲覧とダウンロードが可能です。
 なお、TRECとは、Takaoka×Toyama×Root×Earth×Cultivateの頭文字からなり、同プロジェクトのWebサイトに次のように説明されています。――TRECとは、高岡/富山 [Takaoka/Toyama] から発信をする、伝統技能伝承の課題の根源 [Root] を探り明らかにしてゆく、いま地球はエコの時代 [Earth/Eco] 、それらを開墾 [Cultivate] してゆくというキーワードから、その頭文字をとったプロジェクトです。また同時にRECは、高岡の再生 [Re-Creation] 、そして記録する [Recording] にもつながってゆきます。

2011-03-01

3月16日-29日、石川武志写真展「ガンガー巡礼」のご案内

 写真家・石川武志氏の写真展「ガンガー巡礼」が、銀座ニコン・サロンで開催されます。
 石川武志氏は、ユージン・スミス氏の「水俣プロジェクト」でアシスタントを務めた後、1978年からアジアの祭りや民族、宗教、遺跡などの取材を手掛けられ、とくにインドのトランスジェンダーの世界「ヒジュラ」の取材で注目を集めました。その成果は『ヒジュラ・インド第三の性』青弓社(1995)や、『アジアの奇祭』青弓社(1998)などに集約されています。
 IKTTと森本さんに関しては、雑誌「マリクレール」(2004年4月号)、「週刊朝日」(2005/4/22号)や、カード会員誌「インプレッション」(2007年11月号)での記事掲載をいただいています。

と き:3月16日(水)から29日(火)
    10時30分~18時30分(最終日は15時まで)
ところ:銀座ニコン・サロン(ニコンプラザ銀座内)
    〒104-0061 東京都中央区銀座7-10-1 STRATA GINZA 1F ニコンプラザ銀座
    Tel 03-5537-1469
アクセス:地下鉄銀座線,日比谷線「銀座駅」A3出口より徒歩3分/都営浅草線「東銀座駅」A1出口より徒歩5分/JR有楽町駅より徒歩12分、新橋駅より徒歩7分。
※なお、5月12日から18日まで、大阪ニコン・サロンでの写真展も予定されています。

2011-02-21

手の届くところに(「伝統の森」にラックをとりもどす)

 2月18日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.246)で、森本さんは、「伝統の森」にとりもどすことができたラックカイガラムシについての続報を記しています。併せて、老樹トランにラックカイガラムを寄生させたときの写真を紹介します。

●手の届くところに
 95年の調査の過程で、ラックカイガラムシがカンボジアの森から消えてしまったことを知った。カンボジアの鮮やかな絣の布の基本の色は、このラックカイガラムシの巣から得られる赤色。その巣は、昔は織り手の手の届くところにあった。
 新鮮なラックの巣から得られる鮮やかな赤。その染め方を覚えているという、おばあちゃんと村で出会った。木の臼のようなもので、熱湯を入れながら、お餅のように杵で練りながら徐々に色を抽出していく。この方法は、新鮮なラックを使うときの抽出法。現在のIKTTでは、ラオスから送られてくる乾燥したラックの巣しか手に入らないから、まず巣を石臼で細かく挽く。その細かな粉状の巣を二晩ほど水に浸け、色を抽出する。これが乾燥したラックを使う場合の方法。
 水に浸けるときに、タマリンドの実をほぐして入れる、タマリンドの葉でもよい。これが色の抽出を助ける助剤の役割をする。そしてタマリンドを入れることで、5年後10年後のラックの色の輝きがあきらかに違ってくる。わたしはそれを10年前、20年前に自分で染めた布で経験している。
 ラックは、ヒマラヤ山系の山の中にいるカイガラムシの仲間。ブータンやネパールが、その故郷。ブータンでは、いまでも日常的にラックを使って染めているという。ラックは塗料のラッカーの語源でもある。今でも、その巣は、木の家具などを磨くために利用されている。色を抽出した後のラックの巣はシェラックと呼ばれ、非常に多様な工業製品の素材として使われてきた。たとえば、昔の黒いレコード盤の原料だったり、絶縁版のベークライトの原料として使われてきた。 第二次大戦中に、タイにいた日本軍は無線機などを作るために必要なこのラックの巣を、台湾や和歌山で生産するために、特別機を飛ばして、運んで実験していたというような記録も残されている。25年ほど前に、タイでこのラックと出会い、使いながら、その美しい色に惹かれ、いろいろとその由来などを調べ始めたことがある。日本の正倉院の宝物の中にも、このラックは残されている。非常に古い時代から、赤い色を染める染料として利用されてきた。
 カンボジアの古い絣布に残された、鮮やかな赤い色を染めたくても、乾燥したラックでは限界がある。いつか、そのラックカイガラムシをカンボジアに取り戻したいと願ってきた。そのためには、ラックが寄生できる木と、そのラックが繁殖できる森の環境を再生しなければならない。失われた自然環境を取り戻す。それが2002年から動き始めた「伝統の森」再生計画の大きな課題であった。そのために、ラックが寄生できる木の中で、植樹と栽培が比較的容易なグアバの木を選び、苗木を準備し植えてきた。
 ラックのために植えたグアバなのだが、数年して育ち始めると、みんなの関心はそのおいしい実にいく。それと並行して、荒地の中に残された切り株から芽吹いた木の中に、ラックが寄生できる木があることも分かってきた。そして、また数年、下草を刈り間引きをしながら、荒地は、林のような小さな森に育ち始めてきた。
 不思議なことがあるもの、そんなふうに森が育つのを待っていたように、ラックカイガラムシが「伝統の森」に戻ってきた。降臨、舞い降りたのである。でもまだそれは小さな点のようなもの。今後、ラックが「伝統の森」を気に入り、元気に育ってくれなくてはならない。そして、実際にその巣を収穫できるのは1年か2年先。温かく、見守ってやらなくてはならない。


 「伝統の森」再生計画を構想し始めて、10年が過ぎた。いまその計画の象徴でもあったラックカイガラムシを取り戻すことが実現した。それとともに、とても不思議な気持ちをいま感じている。それをまだ、うまく言い表せないでいる。しかし、あらためてこれまでのIKTTの活動を支えてきていただいた多くの方々に感謝の気持ちを、そして、この歓びを共有していただければと願っている。
 来月、満月となる20日。ラックを携えて舞い降りた天使に感謝の気持ちを表すために、「伝統の森」にアプサラの踊り手たちを招き、ラックを迎える儀式を執り行う予定でいる。それは「伝統の森」でこれからラックカイガラムシが元気に育ってくれることを願う儀式でもある。
 それは「伝統の森」の新しい門出、記念すべき日となるはず。
森本喜久男

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
※メールマガジン「メコンにまかせ」の講読は、こちらからお申し込みください(講読無料)。
※なお、ラック(ラックカイガラムシ)に関しては、「IKTTで使われている染め材~ラック」もご覧ください。

2011-02-17

舞い降りた天使

 2月16日に配信されたメールマガジン「メコンにまかせ」(vol.245)で、森本さんは、ようやく「伝統の森」にラックカイガラムシが甦ったと報告されました。少々長いですが、以下、再掲します。

●舞い降りた天使
 わたしの手元に一枚のチラシがある。それは2001年11月に、現在の「伝統の森・再生計画」への、わたしの最初の思いを綴ったもの。シェムリアップの店においでの方には、いまもお渡しするチラシである。その一部を紹介したい。
*   *   *   *   *
 1970年にはじまる内戦は、カンボジアの伝統的な社会や文化に深い傷跡を残してきた。そして、ここ数年ようやく平和が訪れた村々。しかし、伝統的な稲作社会を背景に育まれてきた文化は容易に回復することはできない。
 クメール伝統織物研究所が復元と活性化に取り組んできた絹織物も、カンボジアを代表する伝統文化のひとつ。戦乱以前には、村では綿花が栽培され、生糸を生産するために養蚕もおこなわれてきた。織りの素材となる糸から、藍やラックなどの自然染色の植物、そして必要な道具を作り出す木々など、そのすべてが村の中でまかなえるシステムが出来上がっていた。その中でも、カンボジア絣の布の特徴でもある赤色染料として使われてきたラックカイガラ虫の巣は、アンコールの時代から受けつがれてきた生活の智恵。ラックは古くから森の幸として取引され、フランスの植民地時代にはヨーロッパに向け輸出されていた。しかし、戦乱の中で壊滅、現在ではカンボジア国内では手に入らなくなってしまった。ラックカイガラ虫が生活温度を維持、成育するためには小規模ながらも森を必要とする。しかし、戦乱の中で、そんな自然環境も壊されてきた。
 クメール伝統織物研究所では、伝統的なこのラックカイガラ虫の生育に必要な自然の森の復元を、シエムリアップで取り組もうとしている。森は村の人々の伝統的な生活を支えてきた自然環境の中心。そんな、小さな森の再生。シエムリアップ伝統の森再生計画。あわせ、天然染料素材となる植物や樹木、果実の栽培も並行して進めていく計画。小さな自然染色植物園。これは、人とともに生きる森の創造でもある。研究所はこれまでの伝統織物の復元と調査の活動の中で、伝統は常に自然と共にあったことをあらためて教えられてきた。豊かな伝統は、豊かな自然があって始めて成立する。熱帯モンスーンのなかの自然林と稲作がこの地域の人々の生活と文化を大きく支えてきた。
 「伝統の森」と隣接した地域に、綿花や桑畑、そして織りや染を中心に、伝統的な竹細工や木工、焼き物など、村に伝わってきたカンボジアの伝統工芸を再現する小さな村を併設。それは、失われつつある熱帯モンスーンの森と共に生きる伝統工芸の姿を、次の世代に伝えてゆくためでもある。そのプロジェクトの名称は「伝統の森計画」。当初5ヵ年を予定。種から植えた苗木が育ち、ラックカイガラ虫が成育可能な森が出来上がるまで。
*   *   *   *   *
 この文を書いた頃は、まだ土地探しをしていた頃で、現在のアンコールトム郡に「伝統の森」をつくることも決まっていなかった。あちこちの地主から高い値段ばかりを言われながら、少しめげかけていた頃だったと思う。しかし、その思いは強く、それを綴ったもの。ただ、当時このチラシを読まれた方は、「村を、森を作る」などというような絵空事が書かれたものを読まれて、怪訝に思われた方も多かったのでは、と振り返る。
 それからはや10年。ほんとうに薪になる木まで切られた荒地と出会い、井戸を掘り、家を建て、開墾し、桑畑をつくり、そして切り株から出てきた新芽を育てながら、自然の森を甦らせることを続けてきた。そしていま、ようやくラックカイガラムシが暮らせる小さな森が育ちつつある。
 「伝統の森」の中に、樹齢70~80年ほどのトランと呼ばれる木がある。しかし、わたしたちがこの森に来た頃は枝もなく、死にかけていた。樹高6メートルほどのところで燃え痕とともにばさっと切られてしまい、枯れてしまった木のようだった。でも、不思議なことに、まわりの小枝のように細い木が育つのとあわせて、新芽が吹き返し、枝を広げ始めた。そして今では、10メートルはある枝を傘のように周りに広げるまでに甦った。不思議な気がする。死に体だった老樹が、周りの若い木々が育つのと合わせて、息を吹き返した。
 数年前、森を育てながら、ラックカイガラムシをもう一度呼び戻したい、そんな話をしていた頃、ラック飼育の経験のあるカンポット州のタコー村から来てくれた村人から、この「伝統の森」の中にもラックカイガラムシが寄生できる木が何本かあることを教えられた。伝統的にカンボジアでラックカイガラムシを育ててきた木、トラン、サケエ、そしてコソッコ。蘇り始めた森の中で、そんな木が見つかり始めた。その代表格の木が、じつは枯れたと思っていた、先のトランの老樹だった。
 そして、これも不思議な出来事が。数日前、そのトランの老樹に、ラックを携えた天使が舞い降りた。ラックは森が育つのを、待っていてくれたのかもしれない。育った頃を見計らい、天使に託す。ほんとうに夢のような出来事が起こってしまった。夢ならば、覚めないでほしいと思う。じつは織物好きの天使が、ラオスの村から染めに使うラックの巣を一握り、森に届けてくださった。ところが、その新鮮なラックカイガラムシの巣にはまだ生きたラックカイガラムシが、わずかだけれども、いた。それは、赤い小さな点のような大きさ。知らなければ、それが虫であることもわからない、そんな大きさのもの。無数に集まったコンマ5ミリ以下の小さな点のような姿は、ラックの語源、インドの古語サンスクリット語の「無限」を意味しており、小さな点のような虫が無数に集まった、その状態を指している。
 80年代、タイのバンコックで自然染色をあれこれ試みていた頃、チェンライの農家から新鮮なラックの巣が届けられた。床の上に積み上げられたラックの巣の山から、徐々に周囲に出て行く無数の真っ赤なラックの姿を始めて見た。赤いドーナツのような輪になった無数のラックたちは、徐々に輪を広げながら移動していた。それから数ヵ月後に、庭の木々にラックが巣を作り始めたことがある。しかし、街中の小さな家の庭では、ラックの命は永らえることはできない。
 1970年以前、カンボジアの森からラックカイガラムシが姿を消した。それがいま、40年のときを経て「伝統の森」に天使に携えられ戻ってきた。95年の調査で出会った、昔からラックカイガラムシを育てていたカンポット州タコー村の村人たち。その息子たちの世代が「伝統の森」に暮らしている。彼らが「伝統の森」に蘇ったラックの命を支える役割を担っていくであろう。ラックカイガラムシの新しい歴史が、いま始まる。
 ラックを携えた天使が「伝統の森」に舞い降りたかのように届けられたラックカイガラムシ。「伝統の森」に蘇ったラック。10年前、わたしは「伝統の森」の再生、それはラックカイガラムシが生育可能な森の再生を目指して、としていた。いま、ほんとうに10年の想いが実現した。ラックカイガラムシの生育にとって充分な森と呼べる自然環境がいまの「伝統の森」にあると確信しているが、これから数週間、数ヶ月、しっかりと見守らなければならない。
 この舞い降りたラックを迎える儀式を、できれば「伝統の森」で執り行いたいと思っている。それはアプサラの舞。踊り手たちを招聘して、ラックを迎える儀式、アンコールの森に迎える儀式として執り行いたい。予定では来月20日、満月の日を考えている。
 これは「伝統の森」の新しい門出でもある。
2011年2月16日  森本喜久男

【以上、メールマガジン「メコンにまかせ」掲載記事から再掲】
※メールマガジン「メコンにまかせ」の講読は、こちらからお申し込みください(講読無料)。
※なお、ラック(ラックカイガラムシ)に関しては、「IKTTで使われている染め材~ラック」もご覧ください。

2011-02-15

IKTTの絹織物ができるまで(その5)



(17)織り機に糸綜絖を準備する。[写真左上]
(18)カンボジアの絹絣は三枚綜絖の緯糸絣。複雑な柄になると、括られた緯糸の数は約250本にもなる。[写真右上]
(19)染め上げられた糸は、竹筬を使った織り機で織り上げる。手引きの生糸と相まって、独特の風合いはこうして生まれる。[写真左下]
(20)すべての作業を人の手で行なう。地道な作業の積み重ねが、カンボジア伝統の絹織物を復興に導いた。[写真右下]

2011-02-14

IKTTの絹織物ができるまで(その4)



(13)括った糸をラックで染める。[写真左上]
ラックの他、プロフー、インディアンアーモンド、インディゴなど、IKTTで使用するのはすべて自然染料。
(14)括った糸の繊維の中まで染料を浸透させるために、染めた糸をたらいに叩きつける。[写真右上]
(15)糸を括って染めると、括られた部分が染まらずに白く残る(この技法を防染という)。この作業の繰り返しで、絣の柄は作られる。[写真左下]
(16)染め上げた絣糸を干す。[写真右下]

IKTTの絹織物ができるまで(その3)



(9)生糸を巻き返しながら、糸に残る節を外し、繋ぎ直していく。これは手引きの糸を織り機にかけるために不可欠の作業。[写真左上]
(10)糸に強度を持たせるため、撚りをかける。[写真右上]
(11)絹糸の表面にあるタンパク質(セリシン)を取り除くために、灰汁で煮て、精練する。[写真左下]
(12)絣枠に緯糸を張り、バナナの幹の繊維で括り、絣の柄を描き出す。[写真右下]
この括りの作業と染めの作業を何度も繰り返し、次第に精緻な絣柄ができあがる。

2011-02-13

IKTTの絹織物ができるまで(その2)



(5)木の枝の“まぶし”から繭を収穫する。多化性の蚕ゆえ、年に7~8回の収穫期を迎える。[写真左上]
(6)収穫した繭を天日に干す。カンボウジュ種と呼ばれる在来種の蚕の繭は、輝くような黄色である。[写真右上]
(7)素焼きの壺で繭を煮て、簡単な道具で、生糸を引いていく。日本の「座繰り」という方法と変わらない。[写真左下]
(8)手引きされた生糸を干す。[写真右下]

2011-02-12

IKTTの絹織物ができるまで(その1)



(1)IKTTの布作りは、桑の苗を育てるところから始まる。[写真左上]
(2)摘み取った桑の葉を細かく刻み、蚕のいるザルの上に振りかけるようにして給餌する。[写真右上]
(3)蚕の一生は約45日。カンボジアの蚕は、カンボウジュ種と呼ばれる熱帯種の蚕。[写真左下]
(4)成熟した蚕を木の葉の間に置き、繭を作らせる。生葉のついた木の枝を束ねたものが“まぶし”となる。[写真右下]

2011-01-30

立命館大学国際平和ミュージアムでの写真展&報告会、すべて終了しました

 2011年1月18日(火)より23日(日)まで、立命館大学国際平和ミュージアム1階中野記念ホールにおいて開催された、フォトグラファー内藤順司氏による写真展「甦るカンボジア―伝統織物の復興が、“暮らし”と“森”の再生に至るまで」は無事終了しました。
 写真展ならびに内藤さん・森本さん講演会へは、のべ250名ほどの参加者(来場者)があったとのことです。ご来場いただいたみなさま、本当にありがとうございました。
 今回の企画は、立命館大学グローバルCEOプログラム「生存学」創生拠点、立命館大学生存学研究センターならびに国際平和ミュージアムのご協力のもと、実現の運びとなりました。さまざまなご調整にご尽力いいただいた関係者のみなさま、ほんとうにありがとうございました。写真展会場の様子、ならびに内藤さん、森本さんの講演の様子(写真)についても、立命館大学グローバルCEOプログラム「生存学」創生拠点の関連ページに紹介されています(いちばん下までスクロールしてご覧ください)。

2011-01-28

2月5日-13日、唐崎正臣写真展のご案内

 バンコク在住の映像ジャーナリスト/コーディネイターの、唐崎正臣氏による写真展が開催されます。
 唐崎氏は、森本さんがIKTTの設立に先立ち、1995年にタコー村での伝統的養蚕の再開プロジェクトを立ち上げた際に、もっとも早く現地取材に入り、TBS「ニュースの森」(1996年1月8日放送)のなかで、タコー村の様子と森本さんの取り組みを映像で紹介できるように動いていただいた方でもあります。

と き:2月5日(土)から13日(日)
    12時~19時(最終日は17時まで)
ところ:ギャラリー ブロッケン
    〒184-0004
    東京都小金井市本町3-4-35
    Tel/Fax 042-381-2723
アクセス:JR武蔵小金井駅北口を出て、本町2丁目交差点を右折、いなげやの手前を左折。[地図はこちら]

2011-01-19

1月19日付、京都新聞(朝刊)で、写真展が紹介されました

 立命館大学国際平和ミュージアムで昨日から始まった写真展「甦るカンボジア―伝統織物の復興が、“暮らし”と“森”の再生に至るまで」が、京都新聞(1月19日朝刊)で紹介されています。

2011-01-17

内藤順司氏の講演終了、そして写真展が始まります

 写真展「甦るカンボジア―伝統織物の復興が、“暮らし”と“森”の再生に至るまで」に先立ち、内藤順司氏の講演会「私はなぜ、海外で活躍する日本人を撮るのか?」が、16日に立命館大学国際平和ミュージアムで開催されました。大雪のために新幹線が遅延し、京都市内も足元が悪くなるなか、ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。
 講演後の質疑応答では、内藤氏の「織物を再生し、人を再生し、森を再生するなかで、IKTTの人たちは誇りを取り戻している」という発言に、さらなる質問が出されました。これについては、22日の土曜日に、森本さんに直接お尋ねしてしていただくことでさらなる理解が得られると思います。
 また、海外で起きている問題などを報道するメディアに偏りがあるのではないかという意見には「亡くなった方の惨い姿を報道することで紛争の悲惨さを訴えることも必要だが、そんな状況下でもしっかり生きている人たちを紹介することも伝える仕事であり、そのどちらを選ぶのは、それを撮る者の判断にかかっている」という回答もだされました。
 講演終了後、内藤氏は、国際平和ミュージアム内の中野記念ホールでの写真展の準備に取りかかりました。今回は、大判のIKTTの絹絣も、会場に展示されます。
 内藤氏の写真展は、1月18日(火)より1月23日(日)までの開催です。
 また、22日(土)には、森本さんの講演会も予定されています。

 

 
 写真左上は、講演を始めた内藤氏、右上は今回の写真展を企画していただいた中倉氏の挨拶、左下は「伝統の森」について語る内藤氏、右下は写真展会場の設置準備風景です(写真展会場に絣布が何枚も飾られるのは、なかなかないことなので、インパクトがあります)。

《と き》
【内藤順司・写真展】 1月18日(火)~23日(日)9:30~16:30
【森本喜久男・講演会】1月22日(土)14:00~
《ところ》
国際平和ミュージアム
《会場アクセス》
JR京都駅より市バス50にて「立命館大学前」下車、徒歩5分(アクセス詳細

2011-01-15

1月25日-2月3日、写真展「東南アジア影絵人形芝居探訪」開催のご案内

 写真家熊谷正氏による写真展「東南アジア影絵人形芝居探訪」が日本アセアンセンターで開催されます。今回は、インドネシア・ジャワ島のワヤン・クリ、カンボジアのスバエク・トムの上演風景や人々の生活風景の写真展示に加え、ワヤン・クリやスバエク・トーイの実物も展示します。
 また、1月29日(土)には、関連イベントとして、カンボジアの影絵人形芝居「スバエク・トム」についてのトークショー、熊谷正氏によるフロアレクチャー、インドネシアの影絵人形芝居「ワヤン・クリ」の上演があります。
 なお、トークショーで「スバエク・トムの魅力」について語るのは、『旅の指差し会話帳 カンボジア』の著者でもある福富友子さんです。

【会場】
と き:2011年1月25日(火)~2月3日(木)9:30~17:30
    ※1月30日(日)は休館
ところ:日本アセアンセンター内「アセアンホール」
    東京都港区新橋6-17-19 新御成門ビル1階
アクセス:都営地下鉄三田線御成門駅A4出口より徒歩1分(地図はこちら
入 場:すべて無料
主 催:国際機関日本アセアンセンター
問合先:日本アセアンセンター・広報(03-5402-8002)

【関連イベントのタイムテーブル/1月29日(土)】
13:30~14:30 トークショー:「スバエク・トムの魅力」
14:40~15:40 フロア・レクチャー:展示写真解説
16:00~18:00 ワヤン・ライブ(観劇)
            演目:アノマン使者に立つ
            ダラン:中辻正氏(日本ワヤン協会)

2011-01-11

1月19日、ドキュメンタリー映画「ニューイヤーベイビー」上映のお知らせ

 カンボジア難民を描いたドキュメンタリー映画「New Year Baby(ニューイヤーベイビー)」(日本語字幕版)が、1月19日(水)、日本アセアンセンターで上映されます(入場無料、予約不要)。
 2007年アムステルダム国際映画祭受賞作品。2008年第3回難民映画祭上映作品。
【ストーリー】
 カンボジアの正月に難民キャンプで生まれながら家族の過去を知る事なくアメリカで育ったソチャータ。突然親から明かされる衝撃の事実。深まる謎を解くため、クメール・ルージュによって引き裂かれた家族を訪ね自らカンボジアに足を運んだ彼女の秀逸ドキュメンタリー。両親が隠し持っていた秘密とは、彼らの勇敢さを物語っていた。
【上映データ】
原題: New Year Baby
監督:ソチャータ・ポーエブ
アメリカ(2006)74分
音声:英語/字幕:日本語
第3回難民映画祭での作品紹介はこちら
【会場】
と き:2011年1月19(水)18:30~19:45
ところ:日本アセアンセンター内「アセアンホール」
    東京都港区新橋6-17-19 新御成門ビル1階
アクセス:都営地下鉄三田線御成門駅A4出口より徒歩1分(地図はこちら
入 場:無料
主 催:国際機関日本アセアンセンター、株式会社地球の歩き方
問合先:日本アセアンセンター・広報(03-5402-8002)

2011-01-08

1月22日(午後)、京都市内での展示と販売のご案内

 1月22日(土)の午後に、京都市内でIKTTで制作されたクメールシルクの展示と販売を行ないます。立命館大学の講演会場では、今回は物品販売ができないので、展示・販売を別途行なうことにしました。
 開催時間は14時から17時です。会場は、今出川通と河原町通の交差点の、マクドナルドのある角から南に3軒目、「出町輸入食品」南隣になります。
 森本さんの講演時間とほぼ重なってしまっていますが、講演会の終了は16時の予定とのことですから、講演が終わり次第すぐに移動すれば、なんとか間に合うと思います(立命館大学国際平和ミュージアムから会場まで車で17分くらい/路線バスの場合、国際平和ミュージアムから徒歩約5分ほどの立命館大学前のバス停から59番系統三条京阪行きで河原町今出川まで約22分)。
 とにかく「布を見てみたい」という方、あるいは「シエムリアップのショップで購入したのだが、色違いのものをもう一枚欲しい」という方は、こちらへも足をお運びください。夜の、報告会会場となる「ほんやら洞」も、すぐ近くです。
 なお、はじめからじっくり布を見てみたいという方は、こちらで布を選んでから、「ほんやら洞」での報告会にご参加いただいてもいいと思います。

と き:1月22日(土)14:00~17:00
ところ:京都市上京区大宮町317(河原町今出川下ル)

<会場アクセス>
路線バス:「河原町今出川」バス停で下車徒歩すぐ
京都駅から地下鉄烏丸線で今出川駅下車、徒歩13分
※立命館大学前のバス停から59番系統三条京阪行きで河原町今出川まで約22分


より大きな地図で 京都府京都市上京区大宮町(今出川通) 317 を表示

2011-01-01

1月1日2日放送、BS-TBS「ローマを夢見たアンコールワット」

 1月1日と2日の2日間、BS-TBSで「ローマを夢見たアンコールワット 東南アジア最大覇権王朝の栄光と真実」という開局10周年記念番組が放送されます。上智大学学長の石澤先生の解説とともに、ローマ王朝とアンコール王朝との関連が紹介されるようです。放送は、ともに19:00~20:55です。

2010-12-27

11月19日付の公明新聞に森本さんの原稿掲載

 ご紹介が遅くなりましたが、11月19日付の「公明新聞」文化欄に、森本さんの「甦るクメールの森 伝統の織物」が掲載されました(文化欄ご担当から許可をいただき掲載いたします)。